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Top合格体験記2006年度版 > Cool Runningさんの公認会計士試験とは

Cool Runningさんの公認会計士試験とは

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<初めに>

 初めまして!私は、Cool Runningと申します。都内中堅私立大学卒業、定職には着かず、会計士受験一本でした。21歳の大学4年時の6月から勉強を始めて、4年3ヶ月の時を経て26歳で平成18年度公認会計士試験を一括合格することが出来ました。

 この4年3ヶ月の内訳は以下の通りです。

2002年 : TAC2004年合格目標2年本科入学
2003年 : 短答不合格(25問、ボーダー36問 注:試し受験)
2004年 : 短答不合格(25問、ボーダー35問)
            そして、大原に移籍をする。両年とも上級フリープラン200を選択する。
2005年 : 短答不合格 (32+1問、ボーダー34問)
2006年 : 短答合格 (80問、ボーダー69問 注:新試験方式に変更)
         論文合格
12月より、大手監査法人に就職予定

得意科目:租税法、管理会計(租税法は今年初めての科目にも関わらず成績優秀者に名前を載せていたこと、管理会計はリスクが高い科目にも関わらず大崩れすることが無かったからです。)
苦手科目:特に無し(本試験では、どの科目も致命的なミスが無かったので)

<総論>

 私の勉強方法は、一言で言ってしまえば「成行管理」です。合格者の中には、ものすごく「科学的管理法」に基づく勉強方法をしている方がいらっしゃいますが、自分にはとても出来ませんでした。予定通りに勉強が進まないことが多く、その管理している時間そのものが無駄だと考えたからです。なので、感覚的なことしか書くことが出来ないのですが
私の勉強ポリシーは以下の通りです。


(1) 勉強場所はどこでもいい
 自分は、朝から晩まで予備校に閉じこもらず、授業の時だけ予備校に行き、授業が終わったらすぐ家に帰っていました。自習は家か電車の中でした。勉強場所云々よりも「頭に知識をどれだけ叩き込めたのか」が重要だと思ったからです。


(2)資料の整理に時間をかけない。
 全くしないわけではないですが、自分は科目ごとに資料を袋にまとめた以外は特に整理しませんでした。よく、レジェメをテキストに貼り付けたり、マーカーで線を引いたりしている人がいますが(自分も全くやらない訳ではない)、結構時間がかかるし無駄だと思い極力そのような時間は減らし「頭に知識をどれだけ叩き込めたのか」を重視しました。


(3) 禁欲はしない
受験生活中は、修行僧みたいな生活をしている人がいますが、自分は朝の早朝答練が行くのが嫌だったら昼や夜に回し、結構午後から予備校に通うことが多く結構適当でした。勉強時間も測定していません。しかしそのことが、受験生活が長期化してもモチベーションが低下せず、年々成果が出てきたのだと思います。それに趣味の陸上競技も日本陸連に個人登録を行い、大会によく出場していましたし、大会に出るための練習も頻繁に行っていました(さすがに、短答落ちが何年も続くと現実を知り、練習量は少なくなってしまいましたが毎年1回は大会出場していました)。


(4) 何が何でも成績優秀者を目指さない。
私は最初、成績優秀者でないと受からないと思っていました。最低でも公開模試A判定を取らないと合格できないのかと不安でした。しかし、成績優秀者は予備校慣れしている場合が多く、本試験に必ずしも対応できていない人もいると思いました。私は成績優秀者を無視して点数も気にせず(成績優秀者には数えるほどしか載らなかった)、テキストや答練の復習し基本的な知識を得ることに専念しました。大体の成績の目安としては、平均点を超えることと得意科目は上位30%をコンスタントに維持することが目標でした。

 

(5) 答練の解説を受けながら理解を深めていく
 今年は、答練のための勉強を全くといっていいほどしませんでした。初見の問題は白紙に近い状態で出して答練の解説を聞いて理解を深めていきました。予備校の授業が多く復習する時間はなかなか取れないからです。自分が、家に閉じこもって自習していた記憶があるのは短答の1週間前と論文の3ヶ月間ぐらいです。

 

<年度別>

『2002年~2003年』
2002年6月にTAC2004年合格目標2年本科入学しました。入学時の簿記レベルは日商簿記2級でした。最初のうちは授業も簡単で入門テストもいい点数でしたが、基礎マスターが始まるにつれ、徐々に成績が低下し、入門テストも平均点ぐらいになり、不安を抱えたまま上級コースに臨むことになりました。

そして、2003年には、なぜか、入門生にも関らず短答直対答練を受けさせられました(アクセスや答練は当然まだです。)あと、試しで短答本試験を受けました。会場の雰囲気を知りたかったのと、問題のレベルを知りたかったのが受けた理由です。25問とボーダーからは大きく離されていましたが来年にはどうにかなるだろうと楽観的でした。

『2003年~2004年』
 2003年9月から上級期が始まりました。朝7時45分からアクセスが始まり、10時から13時まで授業か答練、昼休みを挟んで14時から17時まで授業か答練と一日の大半が潰れ徐々に復習もままならない状態になりました。
 論文答練は、理論はたまにいい点数を出しましたが、計算科目が一度も平均点を超えることが無かったことが短答すら受からなかった原因になっていたと思います。
 短答答練は、最後の全答練ではなんとか平均点を超えましたが、大原の公開模試では上位93.8%と自分は平均的な受験生だと思っていただけにショックを覚えました。
 そして、2004年の短答本試験では、得意だと思っていた財表と原計が難化傾向で思うように点が取れず、簿記は苦手としていたため簡単な問題でさえ落としていました(その当時、在外子会社の換算が出来なかった)。去年と同じ25問しかとれず論文が遠い存在となり途方にくれました。この時期、合格できないのではないかと一番不安が大きかったと思います。
 また、4月に行われる第一回論文全答練が終了後、アクセスや答練を受けなくなり、受付で貰って家におきっぱなしにしている状態でした。当然、短答本試験終了後も受けなくなりました。
 
『大原に移籍した理由』
 自分は、このままTACにいて受かるのだろうか?短答本試験後に、真剣に考え始めました。自分はTACでは、平均的な生徒だと思っていたのに、大原では、入門生以下の成績だったため大原に行けばもっと実力がつくのではないかと思いました。また、TAC以外の問題を解くことで様々なパターンの問題にも対応したいし刺激を受けたいと思いました。そして、芦別チェックがかなり短答本試験で有効だったとの情報も手に入れて大原に移籍することにしました。

『2004年~2005年』
 短答本試験終了後、計算強化をするため短答答練やアクセスなどをわき目も振らずに解いて計算の苦手意識を徐々になくすことに成功しました。
そして、その状態を維持したまま、大原に移籍をしました。大原は初めてだったので、圧縮講義ではなく、通常の授業を受けたため日程が過密となり朝8時から夜9時まで授業や答練で埋まり、自習もままならない状態でした。しかし、時間を見つけては芦別チェックやポケットコンパスを読んで理論科目の基礎的知識が身につきました。
 論文答練は、問題が難しかったため平均を割ることが多いもののTACにいたよりは実力がついた気がしました。
 短答答練では平均をだいぶ上回るようになり最後の公開模試では合格確立50%まで持ってこられて今年はチャンスがあると思いはじめました。
 この年の短答本試験は、私の短答受験4回の中で最も難しかったと思います。その中でも必死で解きました。しかし手ごたえは微妙でした。合格発表日当日、自分の番号はありませんでした。よく見てみると予備校の解答と公式解答がずれている問題が1問あり、ボーダーまで後1問だということがわかりました。ちなみに税理士試験の簿記論及び財務諸表論も受けましたが両方A判定でした(両方受かっていたら翌年の財務会計論で苦しまなくてよかったと後で思いました)。この年は、翌年の飛躍するための準備期間だったのかもしれません。
 この結果を受けて、自分にもチャンスがあると思い、来年は自分が合格できるのではないかと思い始めました。


『2005年~2006年』
 短答終了後、さすがに受験勉強が長期化していたため、自分への罰として7月からアルバイトを始めました(週3~5、基本は週4 勤務時間は9時から18時又は20時)。月に15万円ほど入ったため学費には困りませんでした(12月一杯まで勤務)。そして、10月から勉強を始めて年内は理論のみ基礎答練を受けて、ほとんど租税法に時間を充てていました。簿記や管理会計は年明けの応用期から受講しました。
 論文答練は、いつも平均を超えれば御の字と言うスタンスでこの年は答練のためだけの勉強はしなくなり範囲表も見なくなりました。それで平均を超えているから力はついていると思っていました。
 短答答練は、大体合格確立50%を維持しながら最後の公開模試を受けて合格確立80%を出して今までで充実した状態で試験を受けられました。企業法17問:監査論17問:管理会計論16問:財務会計論30問 計80問で初めて合格しました。
 去年までは、試験終了後からある程度不合格が予想できていたため6月はほとんど勉強せず論文勉強した試しがありませんでした。しかし、今年は財務会計論で不安になりながらも今まで一番手応えがあったので6月からも授業や答練を受け続けることができました。 短答合格発表日までに全科目1回転をして全体像を把握でき、追い込みがかけられる状態に出来たことが論文合格の原動力になったと思います。
 今まで短答本試験までしかやったことがない私にとって最初は短答論点と言われている微細な部分まで書けるようにしようとしました。しかし、論文本試験の過去問を見てみると短答に比べ基本的な知識を問う問題が多いことに気付き、思い切って資料を絞ってその資料を何度も回転させるようにしました。
 そして、初めて満足な状態で大原の論文公開模試を受けることが出来、C判定 上位25%をわずかに切る成績で合格確立50%を上回り、これはいけるのではないかと思いました。
後は、初めて短答を受かった勢いで論文も突破しました。短答を何度も通りながら、論文で足止めを食らう人も多い中で幸運だったと思いました。

『大原に移籍して良かったこと』
(1) 芦別チェックで基本的知識が身についたこと。
(2)ポケットコンパスのおかげで重要定義が容易に覚えられ単語カードを作らなくて良かったこと。
(3) 芦別チェックで基本的知識を身につけた後で、短答答練を受けて実務指針や委員会報告書の細かいところも網羅的に抑えることが出来、どんな問題が出てきても大丈夫になったこと。
(4)短答本試験終了後に配られる論文まとめテキストがコンパクトに今まで勉強したことがまとまっており資料整理しなくてすんだこと。
(5)計算科目も様々なパターンで出題されどんな問題でも対応できるようになったこと。

(後編へ続く)

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このブログ記事について

このページは、spokが2007年9月11日 00:11に書いたブログ記事です。

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